代表プロフィール

石崎友久(いしざきともひさ)

64879c96035dd3f94dcbf350a6dfc85e_f228.jpg土地と建物は、その活用方法によって大幅にその価値が変わります。

土地は路線価という基準の上では一定の価値が定義されているもののように見えますが、その土地を相続するとき、やり方によって大幅に相続税が変わるとすれば、価値は必ずしも一定ではないのです。
建物の価値も一定の割合で償却されていくものと考えられますが、これも相続のとき、誰が住んでいたかで相続税が大幅に変わることもあります。

私は一級建築士であると同時に、ファイナンシャルプランナーでもあります。

この両方の観点から、あなたの不動産の価値を最大限に高めること、これが私の仕事であり、使命だと思っています。

また、建築は個人の資産であるとともに、人目に触れる都市の一部です。
建築の寿命は長いため、一時的な流行や環境にそぐわない主張は迷惑な行いになってしまいます。
特に戦後の日本では、経済発展が優先され美意識や調和を忘れた建物が量産されてきました。
微力ではありますが、この状態を改善するべく良質で長期に渡り愛される建築づくりに貢献したい、これは私の建築家としての思いです。


プロフィール

生年月日 1964年12月16日
出身地 東京都
資格 一級建築士
AFP(AFFILIATED FINANCIAL PLANNER)
2級ファイナンシャル・プランニング技能士
趣味 スイーツ・料理・温泉・ゴルフ・執筆
家族構成 配偶者・長男・次男・長女

一級建築士

ファイナンシャルプランナー

留学先の卒業証明(大学院)

首席の表彰


略歴

1968-
1978年

3才から14才まで、高度成長期にできた大型の金町駅前団地にて幼少期を過ごしました。
今思えば、集合住宅の暮らしに必要な間取り、設備、共有スペースなどのノウハウは実体験から学んだのだと思います。

1978-
1983年

杉並区へ転居となり、建売狭小住宅の1部屋を与えてもらいました。
この家は狭さが強調される設計の為、家族はストレス満載でした。

1983-
1987

父が一級建築士で構造設計の仕事をしていた影響で、日本大学理工学部建築学科を入学するも構造設計には興味が無く意匠設計を目指しましたが、大学の学問は技術ばかりでデザインが薄くこのまま就職とはなりませんでした。

1988-
1991年

バブル期の追い風もありNew Yorkにある Pratt Institute (芸術系大学)の大学院へ入学させてもらい、哲学や思想を反映させたデザインやオリジナリティについてを学問として学びました。
20年代からの建物や最新のコンドミニアムなども見学でき、居住だけでなく投資としての集合住宅があると見学を踏まえ学びました。

1991-
1993年

磯崎新アトリエ株式会社 勤務
世界で活躍する磯崎新氏の下で見習いとして、3つの大型設計コンペティションに参加できたのは素晴らしい経験でした。
音楽ホールなどの複合施設でしたが、リサーチからコンセプト作り、デザインまでの流れを学ばせていただきました。

1993-
1996年

長谷川逸子・建築計画工房株式会社 勤務
軽快な鉄骨造を得意とする女性建築家の元、山梨県にあるフルーツミュージアムという施設の監理業務を経験させていただきました。毎日見る現場から、机上での設計だけでは分からない本当の建築を学びました。

1996-
1999年

有限会社木下道郎/ワークショップ 勤務
設計、確認申請、実施設計、見積り、監理業務と全てを通しての業務の中、集合住宅の案件も多く条件の厳しい予算や法規をクリアする手法を学びました。

1998年

一級建築士 取得
この年に私も自ら相続を経験しました。その経験についてはこちら

2000年

独立し、有限会社アーキウィル石崎建築設計 設立

2002年

愛知産業大学造形学部通信教育部建築学科 非常勤講師 〜2018年


掲載履歴

TOTOレストルームカタログ(設計協力)

雑誌『商店建築』

『家本』〜55人の建築家ガイド関東編〜


出版履歴